大島家文書目録

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このサイトの管理者である吉冨 寛が把握している
小学校や大島邸に関する会議や勉強会などをメモしてみました。

他に東高移転、高取邸、早稲田も分かる範囲でメモしてみました。

当時の瀬戸市長にお眼にかかった際も、「私の相続分を市に寄付したい」と申し上げたところ、瀬戸さんは「史跡として保存したいと思うが、あなたの分だけ寄付してもらっても埒があかない。他の相続権者にも寄付してくれるようまとめてくれませんか」といわれましたが、力不足でまとめることができませんでした。(大島家縁者の手紙より)

鎭子さん没後、資産整理には10年余の歳月を要することとなる。
 1990年代  いつか忘れたが、何の集まりかも忘れたが、初めて大島邸のお座敷にお邪魔する。唐津にまだこれ程のお屋敷があったのかと嬉しくなる。

野副豊市長時代
平成3年
(1991)
台風17.19号により高取邸の屋根が被害 
平成5年
(1993)秋 
高取邸の保存について話が浮かび上がる。 
平成7年
( 1995) 4
 唐津市長選挙 福島善三郎氏初当選
平成8年
(1996) 
高取邸:近代和風建築として佐賀県の文化財に指定される。
平成9年
(1997)4 
高取邸:日本建築学会シンポジウムが高取邸をテーマに唐津市で開催されて多くの専門家に高い評価を受け、国の文化財級であることが確かめられました。
  
1997.12  高取邸:唐津市に寄贈される。
平成11年
1999. 2
 2月大島邸を唐津土地開発公社が5億18,10万9576円で購入
(文化財として、また学校用地として)


 M氏は大島邸保存を訴えるも、賛同する者が増えず。M氏、うちにも寄って「大島邸は文化財としてこのまま残さにゃいかん。」と力説して行かれた。

「土地購入の目的はH10年(1998)頃、市教委から、旧志道(現大志)小学校の運動場が狭いので大島邸の土地を活用したい、又文化財的価値のある旧大島邸の保存の為という理由により、市が市土地開発公社に依頼して購入し管理してきたものです。」(2009.6石﨑議員の質問に対する答弁)

唐津市長:福島善三郎
平成12年
2000.11.25,26 
高取邸: 国指定重要文化財「旧高取家住宅」見学会のご報告
平成13年
2001.3.23 
平成13年(2001)度 旧高取家住宅関係事業について  平成13年3月23日報告

平成12年度最終の保存活用懇話会が本日ありました。
大きな進展がありましたので、ここに報告します。
平成13年度には「地域文化財・歴史的遺産活用による地域おこし事業」として実施し、地域総合整備事業債の適用を受けて事業を推進するそうです。
これは平成16年までの4カ年計画で旧高取家住宅・城内公園(仮称)整備事業の全体としては概算で18億円(うち高取家住宅の近くの栄徳家跡地などの土地の取得に12億円)という大きなものです。
とりあえずは平成13年度は基本の設計にあてられますが、緊急性の高い自火報の設置などには約2000万をかけて防災施設整備が計られます。 (洋々閣のサイトより)
 
2001.6.2,3  高取邸:見学会
平成14年
2002.7 
高取邸:工事が始まる 
2002.10.23  小学校通学区域に関する(志道小・大成小合同)第1回代表者会議  方針、問題点の整理
2002.11.13  小学校通学区域に関する(志道小・大成小合同)通学路見学会
2002.11.18  小学校通学区域に関する(志道小・大成小合同)代表者校舎見学会
   13:00~志道  14:00~大成
2002.11.29  小学校通学区域に関する(志道小・大成小合同)第2回代表者会議
平成15年
2003. 1/14
 坊主町郵便局前に信号機設置
2003. 1/28  小学校通学区域に関する(志道小・大成小合同)第3回代表者会議
 会議では
2004年4月に新しい学校(校舎は志道小)でスタートし、新校名を「大志小学校」と教育長が発表される。
 2003.2  唐津市教育委員会から「志道小学校及び大成小学校の合併統合に関する話し合いの状況について(お知らせ)」が保護者宛配られる。
 2003.4 志道小学校最後の1年が始まる。
その後市役所大会議室において志道校区・大成校区と行政との会合が数回開かれ、まず合併する際にどちらの校舎を使うかで揉める。最終的には両小学校の中心から合併した際の校区を網羅する円を描き、その半径が小さい方が志道だったという苦し紛れの理由をつけられて、合併後は志道の校舎を使うことに決まった。
大成地区の住民に対しては、先々は運動場を広くして新校舎を建てるからと行政は言ったそうである。

大島邸取得から4年経過している。この時には大島邸を撤去して新校舎を建設するという計画が出来上がっていたと思われる。
2003.4.28  旧唐津市長選で坂井俊之氏 初当選 
2003.8.20  高取邸:保存活用懇話会 1回目の会議
2003.10  昭和36年4月20日に昭和天皇ご宿泊の洋館、旧金子邸(元は大島小太郎邸)が解体後、西の門遺構の発掘調査。
 その後マンション建設
平成16年
2004. 1.17~18 
高取邸:保存補修工事見学会 
2004. 3.27  志道小学校閉校式
2004 .5.29~30  高取邸:保存補修工事見学会 
 
2004  平成16年の大島邸の調査をし、教育委員会で検討した結果建物全体を保存することは非常に困難な状況なので、文化財的価値のあるものについては、保存していきたい。(2009.6 石崎議員一般質問に対する答弁) 
2004   佐賀・唐津市は2004年度に、城内地区の都市計画上の第1種住居地域(26ha)で建物を建てる場合、原則12mと15mの高さ制限区域を設定(勾配屋根の建物は3m超過可)する方針。城内地区は旧唐津城の武家屋敷があったところで、石垣や土塀などが一部残っている。53.9haのうち、すでに高さ10mの規制がかかっている第1種低層住居専用地域(16.9ha)、商業地域(6.9ha)などを除いた第1種住居地域でマンション計画などが相次いでいた。高さ12mの規制がかかるのは主に地区を東西に走る県道沿いの15haで、城の眺望を保つほか、観光ルートになっている。高さ15mはその南側11haで、商業地域に近いことからやや高くした。
 
2004.10.30~31  高取邸:保存補修工事見学会 
 
2004  東唐津駅南の区画整理用地完成(唐津市が土地を購入、用地の区画整理する)
2006年、東校中高一貫校の意向。東城内の用地を東唐津駅南の区画整理用地に新校舎を建設決定
平成17年
2005.  1.1 
 唐津市と東松浦郡浜玉町・厳木町・相知町・北波多村・肥前町・鎮西町・呼子町が合併(新設合併)し、新たに唐津市となる。
2005.1.21  唐津東高跡地に県立大学設置を提唱

佐賀新聞(1/21)
 産学官連携で県立大学の設置を目指すNPO「肥前の国に大学を作ろう会」(西村正俊理事長)は二十日、県立大学のあり方に関する調査の中間報告書を県に提出した。唐津東高跡地を中核施設とし、中心市街地の空き店舗にサテライト教室を設ける新たな方式の大学像を提唱した。 報告書では、大学施設は唐津市に本部を置き、有田窯業大学校もキャンパスとするほか、県内各地の空き店舗などを利用して教室とする。学生数は社会人も含め二千人を予定している。六年制で、有田焼など地域産業と関係するマイスター(熟練した技能者)や経営学修士(MBA)、環境、福祉関係の人材を育成を目的とし、インターネットなどによる在宅授業も受けられる方式とする。 同会は二〇〇三年九月から既存の枠組みにとらわれない県立大学づくりの調査研究を続けており、三月末までに最終報告書を作成する。中間報告書の提出を受けた県私学文化課は「県庁内でも県立大学の検討を続けており、報告書を参考のひとつにしたい」と話す。


ここまでは唐津の矜恃は保たれていた。

2005. 2.6  新 唐津市 初代市長 坂井俊之氏就任 
2005  この頃、

早稲田大学OBや関係者が集まった「大隈記念教育財団設立発起人会」(会長:海老沢勝二)が、早稲田大学の創立者大隈重信の出身地である佐賀県に、系列校にあたる中高一貫校を設立しようと佐賀県唐津市佐賀市に打診したのが始まりで、2007年(平成19年)1月、開校地は唐津市唐津城直下の佐賀県立唐津東中学校・高等学校跡地に決定した。

唐津市に決定した理由としては、

  • 海に面していて自然環境が優れている
  • 福岡市からJR・地下鉄で約1時間ほどで利便性が高い
  • アジア地域に近く、国際的な交流が期待できる

などが挙げられた。また、2004年(平成16年)に閉校した唐津市立大成小学校跡地を第二グラウンドとして使用し、移転が決定した唐津総合庁舎敷地の一部を学校附設寮建設地とした。

(ウィキペディアより)

確か開校前2006年に九州電力が早稲田佐賀に対して20億円の寄付をした。(総事業費41億円)
(参考:財団法人大隈記念教育財団の概要)


東高が移転するとき、賛否両論あったが、跡地は唐津市民のために利用するとのことで決着したと記憶する。
早稲田に明け渡すことが唐津市民のためということだったのか。

佐賀県は旧唐津東高跡地や現在使用中の唐津総合庁舎の土地建物を評価額の半額で唐津市に払い下げ、さらに、唐津市はそれを早稲田系側に無償で貸し付けると言う大盤振る舞いを、おくびもなくやってのけています。
(こんにちは えびす堂ですさんのブログより)


 
2005. 3.20 福岡西部沖地震発生

2005.5.28~29  高取邸:保存補修工事見学会 
 
  2005  この頃、一部から旧大島邸を修理して使えないかという話はあった。
平成18年
2006  3.13
 3月市議会にて石﨑議員が大島邸の文化的価値について一般質問をする。これに対し市長は、老朽化が進んでいるが茶室などの重要な部分は保存したいと答える。
2006.4  県立唐津東高が 併設型中高一貫校に移行。
(校舎は唐津城二ノ丸御殿跡・現早稲田佐賀) 
2006.10  高取邸:プレオープン
 
平成19年2007.4.1
 高取邸:正式オープン
2007. 9 県立唐津東校が鏡に移転する。
平成21年
2009. 3
3月の市議会で小学校新築工事の基本設計承認
 大島邸解体が前提の基本設計


2009.4.21 市役所議会棟 第2委員会室:まちなか再生推進グループ会議にて大島邸を取り壊すことを聞き、参加者のうち私を含めO氏・H氏・N氏などが大島邸は残すべきと訴えるも、シロアリの被害大、記録保存をする、解体は既に決まったことと相手にもされず、会議終了後、Y部長に再度大島邸を残すべきと訴えると、解体部材を高値で買ってくれる人はいないものかと口にされる。この一言で唐津はもう終わったと覚悟した。

2009. 4.25  のちの大島邸を残す会代表、辻いく子さんから、お電話で大島邸を残す運動に誘われるが、もう諦めるように諭す。
2009.6.10?  唐津市議会一般質問に於いて石崎議員が「文化遺産の活用と観光振興」という項目で大島邸保存を訴える。それに対し、
(部長)記録保存と部材保存との両方を考えている。

・母屋(住居)については全体の保存は難しいので,図面作成、写真記録の方向で考えている。個別には,襖等の建具、欄間、瓦等文化財的価値の高いものは保存し,新大志小の校舎の一部に文化財的価値のある部材については活用していきたい。

・茶室については,全体の保存は難しい場合、記録保存し、価値の高い部材については残し活用したい。

・庭園,五輪等,つくばい,灯篭とうについては移設保存を考えている、植栽については可能な限り保全し、ー部については移植も考えている。

・門については敷地内に残し、旧大島邸の文化財的価値の継承に努めていきたい。(具体的活用は記録保存調査に基づいて)との答弁


定例議会の一般質問

石崎俊治議員
文化遺産の活用と観光振興
質問】旧大島邸は、唐津の歴史上での大島小太郎の業績や建築学上の価値を考えると、本来市として保存活用すべきものと考えるが、旧大島邸を購入された目的について伺いたい。
部長】平成10年7月に市教委から当時の志道小学校の運動場が狭い為、学校用地として活用する。また、文化財的価値のある建物の保存のため、市の土地開発公社が先行取得し、管理している
質問】最終的に、この遺産をどういった形で残すのか。
部長】記録保存のため、建物の軸組み、平面、立面、断面等の図面の作成、写真記録作成等を行う。また、門や建物の一部など、価値あるものについては、移設し、保存活用を考えている。

(以上 唐津市議会だより第20号 平成21年8月1日 より)
2009.7  この頃から旧東高校舎を改築して、早稲田佐賀中学・高校の校舎建設工事が始まる。
同時期、坊主町の総合庁舎東側に早稲田の寮建設工事が始まる。


2009.10.13  大島家縁の方から、昭和10年の大島小太郎銅像除幕式の映像があるとの情報を得る。

2009.11.3  唐津くんち、御旅所御神幸 建設中の早稲田の寮に曳山の景色が阻まれ、惨めな気持ち。 
あの風景はもう二度と戻らないのだろう。
早稲田誘致は本当に唐津のためになっているのだろうかと益々疑問に思うようになる。
2009.11.10頃  辻いく子さんが保存のための署名用紙を持参される。
家内の「加勢してやらんね」の一言で、悶々としていた気持ちが吹っ切れ、その日から大島邸について本気になる。

2009   .11.14~15  大島邸にて五葉会による茶花展開催 ここで広く一般にも大島邸の存在を知らしめることとなる。
2009.12. 3  吉田副市長宛、個人的に大島邸保存を訴える長文の手紙を投函。
2009.12  唐津市議会だより引用
常任委員会審査報告  総務教育委員会
◎大志小学校用地取得費
質問】新たに建て替える校舎の配置などについて、協議がされたのか。
答弁】PTA・地元の方々・学校関係者などと協議を行った。

 
2009.12  石崎議員 議案質疑(議会報告より)
大志小学校用地取得費(518,137千円)について~①10数年前,学校用地としての活用と文化財的価値が高いのでその保存の為,という2つの目的で開発公社が買収した用地がどういった協議がなされ校舎が建つと決まったのか,②学校関係者とPTAが決めたとの事だが,もっと幅広く意見を聞くべきだったのでは、③シロアリで傷みが激しいと聞くが,修復出来ない程のものではないと思うが,現地へ残せないのなら城内か唐津城へでも移築を考えるべきでは,④保存活用には市民や専門家の意見を聞き,大島邸・大島小太郎の業績を後世に伝える事を考えるべきでは等、質疑(大島邸の和風建築としての価値や大島小太郎氏の業績を考えると,校舎として利用するに当たっては,城内地区の方々の理解はもちろん,広く市民にも説明をして事業を進めるのが常識と思う、行政が一方的に進めたとの批判は免れない)
2009.12.10  唐津市議会に於いて大西議員、大島邸の解体を前提とした一般質問


大西康之議員
旧大島邸について
質問】大志小学校の建物の一部に茶室を再現し、そこでお茶会を開いていただく等、子供達とお年寄りの接点として利用できないか。開かれた学校・生涯学習の一環として利用できないか。
部長】改築校舎の一部に、作法室を計画している。その内装材に旧大島邸の材料を使用したい。その茶室を、子供からお年寄りまで利用できる学校施設として、検討していく。

(以上 唐津市議会だより第22号 平成22年2月1日 より)

大島邸は解体して記録保存、部材の一部は新校舎の作法室などに使うよう要望。これに対して教育部長は、記録保存と部材保存で保存すると答える。
 この時点で大志小学校の凸凹した設計図も完成している様子。
2009.12  唐津市議会だより引用
正田孝吉議員
大志小学校の建築について
質問】平成22年度から建設予定になっているが、年次計画及び、どのような団体と協議をしているのか。
部長】平成20年度から21年度にかけ校舎及び屋内運動場の耐力度調査と耐震診断及び基本設計・実施設計を行っている。平成22年度は旧大島家住宅と屋内運動場の解体を行い平成23年度にかけ校舎建設と旧校舎の解体を行う。平成24年度は屋内運動場の建設を行う。また、PTAや茶道団体等と協議している。
質問】 屋内運動場の使用については、旧大成小学校の屋内運動場を使用する事になるが安全対策は大丈夫か。
部長】改築期間中は大志小学校を最優先に使用できるよう協議する。また移動時には十分な安全対策を行う。
質問】 工事期間中の安全対策と隣接地とのトラブル対策は。
部長】 トラブル防止のために十分な協議を行う。
(以上 唐津市議会だより第22号 平成22年2月1日 より)
2009.12.11  辻いく子さん、市に呼ばれ大島邸を取り壊して記録保存の説明を受ける。

2009.12.15  まちなか再生委員会の会議で、講師の竹川氏、大島邸の重要性を述べ、まちなかの核になりうると提言。

2009.12.19  大島邸を残す会 勉強会 
  講師:藤原 恵洋 教授      於:大島邸大広間
2009.12.22  ネット署名の環境整う
平成22年
2010  1.13
 広島在住大島家縁の方から手紙を頂く。
2010. 1.19  大島邸を残す会 会議
2010. 1.25  神戸在住の大島家縁の方から葉書が届く。その後5通程手紙を頂くことになる。

 大島邸を残す会、市議会議長及び市議会議員に要望書を提出。
2010. 1.28  大島邸を残す会 会議
2010. 2. 4  長崎在住の大島家縁の方から、
昭和10年12月15日撮影、大島小太郎銅像除幕式の映像DVDが届く。
2010. 2. 6  国際建築都市デザインワークショッププレフォーラム*大島邸を残すことを考えて・・発言

 大島小太郎銅像の台座跡が見つかる。
2010. 2.10  藤原 恵洋 教授(九州大学教授 環境遺産デザイン部門芸術文化環境論講座教授)により大島邸の調査
2010. 2. 11  大島邸を残す会 第2回勉強会    於:大島邸大広間
     講話「人と森との関係について」 
     講師 矢幡 久 先生
        九州大学名誉教授、西日本短大教授(森林生態生理学)
2010. 2.19  唐津市は唐津市文化財審議会に対して、はじめて大島邸を壊した跡に大志小学校を建築するという決定事項を報告をする。
2010. 2.22  大島邸を残す会 大島家縁者との話し合い 大島邸にて
2010. 2.27  大島邸を残す会 第3回勉強会
  【講師】 三原宏樹先生
          NPOまちづくり研究所理事長 建築家   於:大島邸大広間
2010.  2.27~3.6  大島邸 お雛祭り
2010. 3. 1  建築ジャーナル』の3月号に大島邸保存についての記事が掲載。   編集部 定金 史子様
2010. 3. 3  大島邸を残す会 第4回勉強会     於:大島邸大広間
    講師 藤原 恵洋 教授
        九州大学教授 環境遺産デザイン部門芸術文化環境論講座教授 
2010. 3. 5 長崎在住の大島家縁の方のご紹介で、
茶室の権威である
中村昌生先生に大島邸に関する資料などを添えて、
保存を訴える手紙、署名用紙を投函。
2010. 3. 9  大島邸を保存する会 立ち上げ 11名
2010. 3.10  大島邸を残す会 教育長へ要望書と署名3264名提出  古川知事に面会

大志小学校 しおかぜ発表会にて「唐津遺産・大志遺産」をテーマに6年生が発表。
大島邸を取り上げたグループは学校改築のために大切な大島邸が取り壊されることに対して申し訳ないと発表する。
2010. 3.12  唐津市議会に於いて山下議員「大島邸について」質疑

議案質疑
議案第1号 平成22年度唐津市一般会計予算
10.大志小学校改築事業費 4億3,307万9千円
質疑 市が学校用地として購入後、大島邸の修復や残して欲しいという要望はあったのか。
答弁 具体的な話は無かった。平成17年頃から一部の市民の方々、例えば茶道や建築の専門家の方から保存修理して欲しいとの意見はあった。その後、平成21年12月定例議会終了後に「大島邸保存要望書」が提出された。
質疑 校舎改築について、どのようなメンバーで何回話し合いをされたのか。
答弁 学校長、PTA役員、建築の専門家等を交え15回程協議を重ね、平成21年12月24日教育委員会に説明をし、ご理解を得、本年1月基本計画を策定し、市長の決裁を受けたところ。

総務教育分科会
◎大志小学校改築事業費
質問】改築に伴う旧大島邸の取り扱いについて、茶道関係者等との協議はなされてきたのか。
答弁】代表の方々と協議を行い、了解を頂いてきた。
質問】大島邸で行われていた茶会などは、国指定の文化財でもある高取邸等で行うとのことだが出来るのか。
答弁】日常的な練習や大きな大会等高取邸で出来るもの、他の施設でしか出来ないものなど調整を行っている。
質問】大島邸の保存について、文化財保護審議会に諮問する必要があるのではないか。
答弁】平成22年2月の審議会で、保存の経過を報告し、記録保存という事で了解された。
質問】審議会委員の中に、建造物などの専門家は。
答弁】平成6~7年の高取邸・大島邸を含めた調査に関わられた、大学教授が入っている。
尚、附帯意見として
旧大島邸の取り扱いについては、将来、復元できるような記録保存に努め、旧大島邸の解体時に発生する貴重な部材について、慎重に取り扱いを行うよう要望しました。
 
一般質問
山下正雄議員 
大島邸について
質問】市が大島邸を購入するまでの状況とその後の経過は。
部長】昭和60年5月から空き家で、平成2年l2月から買収交渉し平成11年2月に土地開発公社が主に学校施設用地として買収した。建物は付帯施設として土地につけて売却された。市は一部を茶道の練習場として貸付けていた。平成21年12月定例市議会後に大島邸保存の要望書が出た。文化財的価値は所定の手続があって初めて判断される。
質問】大志小学校の現状は。
部長】市で一番古く、耐震診断で早急な改築が必要。運動場も拡張する必要がある。これまで4千万円の調査設計費が支出済。新校舎の一日も早い完成が望まれる。
質問】市は大島邸を記録保存と部材の保存としているが。
部長】茶室は生かし取りを行い、復元に際し価値を見出す。

(以上 唐津市議会だより第23号 平成22年5月1日 より)
2010. 3.13  大島邸を残す会 会議
2010. 3.15  唐津市議会に於いて石﨑議員「大島邸について」質疑
2010. 3.16  国際建築都市デザインワークショップ、後、大島邸案内
2010. 3.17  早稲田の開校式後、古川知事、大島邸視察
2010. 3.19  大島邸を保存する会 第2回会議 10名参加 チラシ配布
2010. 3.20 副市長・総務部長・教育長・教育部長・商工観光部長・文化課課長宛
意見書を個人的に提出
2010. 3.22~  中里紀元氏、請願書 賛同者集め開始
2010. 3.23  国際建築都市デザインワークショップ最終日  (大島邸を残しての報告書)
2010. 3.24  中里紀元氏 請願書提出 署名簿182名提出 
 大島邸を残す会 第5回勉強会   於:大島邸大広間
  講師 森 まゆみ先生 (日本のノンフィクション作家、エッセイスト、編集者、市民運動家。)
      藤原 恵洋 教授(九州大学教授 環境遺産デザイン部門芸術文化環境論講座教授)
2010. 3.25  請願書否決 議会:賛成3 反対30
 大島邸を残す会、他有志により大島邸の大掃除敢行 30名参加
2010. 4. 1  教育部長、総務部長、前任者定年退職につき新任。大志小学校校長も新しくなる。
2010. 4. 5  商工観光部長来店。
2010.  4. 5~4.22  大島邸を残す会 大島邸写真展開催
  佐賀銀行唐津支店二階ロビーにて
2010.4.12 再度個人的に副市長・教育長・教育副部長兼図書館長・
商工観光部長に手紙を出す。
2010. 4.13 大志小学校PTA新旧役員会議に教育委員会から3名が出席。スライドを使って改築の説明をする。
新校長へ前日連絡があったが、赴任したてでPTAへの連絡が遅れている。
2010. 4.14 市長・建設部長・教育部長・総務部長・財務部長・総合政策部長に手紙を書く。
2010.4.15 中村昌生氏(1927年名古屋市生まれ。茶室建築や数奇屋建築研究で知られ、福岡市の大濠公園日本庭園茶室などの設計を手がけた。91年には、名古屋・白鳥公園「清羽亭」の建築設計で、現代茶室に新生面を開いたとして日本芸術院賞を受賞。京都工芸繊維大学名誉教授。) が大島邸を視察。RKB毎日放送が取材をする。 
2010. 4.19  大志小学校改築地元住民説明会の開催 市民会館大会議室
  説明内容
   配置計画、基本平面図、工事内容、工期等
2010. 4.27  大島邸を保存する会 松下麗会長 
  1451名の連名で住民監査請求を提出
 
2010 4.23~5.11  大島邸を残す会 大島邸写真展開催  まいづる本店二階にて
2010. 5. 7 大志小学校PTA総会 終了後教育委員会がスライドを使い改築の説明をする。
PTA、教員、多数の質問があるも、時間切れとて説明会は早々に終了とのこと。
2010. 5.11  大島邸を保存する会 松下麗会長 
  1000名の連名で住民監査請求を再度提出
 
2010. 5.13  RKB 今日感テレビに大島邸が取り上げられる。
2010. 5.14 市長、副市長、教育長、教育部長、教育副部長、総務部長、
総合政策企画部長宛、代案を添えて手紙を投函
2010.5.17 大島邸保存ポスター・チラシ 制作・頒布 
2010. 5.20  大島邸を残す会主催 
公開シンポジウム

市民が考える観光都市・唐津の未来像

基調講演:長野暹先生(佐賀大学名誉教授・経済学博士・文学博士)
コーディネーター:三原宏樹先生(NPOまちづくり研究所理事長 建築家)
パネラー:太田善久(唐津商工会議所会頭) 
      中村享一(建築家・日本建築家協会環境行動委員)
      落合裕二(唐津市商工観光部長)
                              於:唐津商工会議所ホール
2010. 5.28   大島邸を保存する会 ポスターとチラシが完成。
2010. 5.30  大島邸を残す会が1688人分の署名簿を市に提出
2010.6.2  住民監査請求 陳述
2010. 6. 8 文化庁文化審議会の元委員で神奈川大名誉教授の西和夫先生が大島邸を調査
 大島邸を保存する会 西和夫先生を囲んで語ろう会
2010. 6.14  大志小改築見直しを  一部保護者 市に要望書を提出

 唐津市議会に於いて大西議員「大志小学校改築について」質疑
 大西議員は早急に着工して欲しいとの要望を述べる。
2010. 6.15  日本建築史学会は
市長・教育長・市議会議長に対して
旧大島邸保存に関する要望書を提出
2010. 6.17  大島邸を保存する会 西和夫先生・藤原惠洋先生と語る会 
参加者50名
日本建築史学会、唐津市長・市議会議長に対して大島邸保存の要望書を提出
2010.06.25  住民監査請求に対して監査の結果を通知される。(棄却)
 大島邸を保存する会は坂井市長に対して要望書を提出


 文化財保存佐賀県協議会は佐賀県教育委員会教育長に対して大島邸保存の要望書を提出
2010. 6.27  住民監査請求棄却の報告会
     於:大手口まちなか集い館
 
  西先生・藤原先生 他参加者80名
2010.6.28  西・藤原両教授と賛同者一同は坂井市長に対して
旧大島邸の保存に関する申し入れを提出


2010.7.12  長野暹佐賀大学名誉教授、市長・教育長へ公開質問状を提出
2010. 7.18  旧大島邸のすばらしさと保存を考えるシンポジウム
 佐賀駅南 iスクエアビル5F  主催 文化財保存佐賀県協議会
2010. 8. 4  10:00~「旧大島邸の活用を考える懇話会」 於:市役所
 議長:唐津みなとまちづくり懇話会会長

 
15:30~ 大島邸見学会 約130名参加
17:00~ 大島邸関連映像を観る
19:00~ 「大島邸を保存する会」意見交換会 約70名
2010.8.19  西先生を代表とする10名の大島邸学術調査団が猛暑の中現地調査に入る。 22日まで調査。
2010.8.25  第二回 「旧大島邸の活用を考える懇話会」 於:市民会館会議室
2010.9.7  私が 4/14.5/14に市長、副市長、教育長、教育部長、教育副部長、総務部長、総合政策企画部長宛に提出した要望書?に対して回答書が届く。

要望内容
大島邸を現地保存できるよう、大志小学校改築計画を変更すること

要望回答書
 大志小学校は校舎建設から55年を経過しており老朽化が著しく、耐震診断の結果、崩壊の恐れがある危険な建物であると診断されております。また、運動場も極端に狭く、教育環境の改善が急務となっているものでございます。
 一方、旧大島邸の今後の活用につきましては、「旧大島邸の活用を考える懇話会」において、広く意見を伺うことにしておりますので、ご理解の程お願いいたします。
(唐津市長  担当課:教育委員会 総務教育課)
2010.9.10  地元唐津のフリーペーパー「Feel」が大島邸を取り上げて記事になる
2010.9  唐津市議会 定例議会 一般質問

志佐治徳議員(日本共産党唐津市議団)
旧大島邸を文化財に指定することを求める
質問】唐津市は、「武士住宅の面影を残す近代和風建築物」で、旧大島邸を超えるものは県内にない。つまり、県を代表する建物と認めた。県の『報告書』と今回の元文化庁審議委員西和夫調査団の中間報告書をどう判断しているか。
副部長】旧大島邸の文化的価値は十分認識しているが、総合的に判断して市の指定文化財にしていない。調査は継続中で、評価は確定していない。
質問】専門家集団の建築史学会の要望書は何と評価しているか。
部長】建築史上の価値を五項目について、書いてある。
質問】要望書で、旧大島邸が「きわめて貴重な建物であり、唐津市の歴史を示す遺産としても重要」と最高の評価だ。文化財指定の『事前調査』となるか。
副部長】当然、包括していると理解している。
質問】専門家は「旧大島邸のように規模が大きく、優れた明治期の邸宅は全国的にも非常に少ない」「国の重要文化財に指定されている旧高取邸より評価が低いことはない」と評価している。市文化財保護審議会に『諮問』を予定しているか。
副部長】その予定はない。
(以上 唐津市議会だより第25号 平成22年11月1日 より)
2010.9.17  15:00~
第三回 「旧大島邸の活用を考える懇話会」 於:文化体育館会議室

19:00~「旧大島邸の活用を考える懇話会」報告会
      於:市民会館3階会議室  報告者:西和夫先生・山田由香里先生
2010.10.6  第四回 「旧大島邸の活用を考える懇話会」   於:志道公民館

全面移築保存で懇話会の意見がまとまる。
2010 10.9~.10   大島邸を保存する会「全国まちづくり会議2010」にエントリー
「全国まちづくり賞」の栄誉に輝く
2010.10.12   「旧大島邸の活用を考える懇話会」
議長馬渡氏、市長に「全面移築保存」という報告書を提出
新聞によれば、
懇話会の馬渡雅敏会長から報告書を受け取った坂井市長は、来年度に移築場所や財源、活用法などを考える「基本構想検討委員会(仮称)」を、市民や建築の専門家、市職員らで発足させる考えを示し、「3年以内の着工を目指したい」とした。 
2010.11.9  市教委は建具を取り外したと聞く。西名誉教授への相談はなかったという。 
庭木の伐採も始まる。
2010.11.19   旧大島邸庭石移設
きょうから始まる
 市教委、「監修者へは連絡」
2010.11.23  大島邸を保存する会主催: 大島邸の保存とまちづくりを考える建築家 西村 浩氏 講演会
入場料500 円13:30 開場 14:00 開演   会場:唐津市西城内 市民会館4F 大会議室
2010.12.7  解体に向け柱に番付札を。(西名誉教授により番付打初式)
いよいよ解体が始まる 
2010.12.10  唐津市議会 一般質問 

10:00 楢崎
三千夫議員
「旧大島邸について」
質問】懇話会の意見を聞いて移築とあるが、審議会等まだ議論が必要ではないのか。
部長】市民と学識者の声を、幅広く聞いて決定した。
質問】3月議会では、移築の話はなかった。何時、誰が大きな方向転換をしたのか。
部長】11月5日に庁内会議で決定した。
質問】3月議会で、保存の請願を不採択にしているが、それなのに移築するとは、議会軽視ではないのか。
部長】議会への配慮が足りず陳謝したい。移築についてはご理解頂き、進めていきたい。
質問】財政計画にもない事業を取り入れる事は、他の事業が実行できなくなり、財政計画との整合性はどうなるのか。
部長】財政計画は、財政健全化への方針を、提示している個々の事業実施は、その必要性や財源を精査して、議会に提案する。
質問】移築に関しては、問題が多すぎ議論が足りない。市長はそれでも移築するのか。
市長】市民の幅広い意見を聞いて決定した。今後検討委員会を立ち上げ、場所などを決めていきたい。

15:00 井上常憲議員
「旧大島邸保存問題について」
質問】「記録保存」から「復元」に変更になったが、費用と財源は。
部長】来年度に検討委員会を設置し、時期や場所、活用法等について検討してもらう。見積もり等はこれからで、財源も有利な財源を活用する。
質問】類似する高取邸の現在の利用状況は。
部長】21年度は入場者数が6万3千人。3078万円の収入、経費は3895万円。ほぼ横ばいで推移している。
質問】旧大島邸の活用法は。
部長】「まちづくり」の観点からの活用を考えている。
質問】唐津は昔からいつの時代も素晴らしい歴史がある。「歴史的建造物」はどんなものがあるか。
部長】旧唐津には竹屋、山本駅など24件、厳木には天川若宮神社など23件、相知は商家や民家など9件、北波多は天満神社など15件、肥前は入野神社など4件、鎮西は旧名護屋郵便局など12件、呼子には鯨見張所など7件、計94件がある。
質問】これら旧郡部の文化財の保存はどのように考えているか。
部長】総合的な計画のもとに保存整備を進める必要がある。
質問】熊本県山鹿市の「八千代座」は市民がお金を出し合い修復し、今は国指定重要文化財になっている。氏は保存活用にどんな方針を持っているのか。
部長】他の文化観光施設と連携した活用をすれば効果が上がるのではないかと思う。
(以上 唐津市議会だより第26号 平成23年2月1日 より)
旧大島邸の移築
財政と整合性を指摘
2010.12.15  唐津市議会 一般質問 
大西康之議員
大志小学校改築工事等について
質問】スケジュールについて。
部長】改築スケジュールの変更については、学校だよりやホームページ等で、PTAや市民へ、知らせていきたい。
質問】旧大島邸の文化的価値は。
部長】文化的な価値は評価するが、文化財として指定するものではない。
(以上 唐津市議会だより第26号 平成23年2月1日 より)
平成23年
2011.1.4 
坂井俊之市長は4日の年頭記者会見で、移築保存の決まった旧大島邸の活用方法などを話し合う基本構想検討委員会を3月にも立ち上げる方針を明らかにした。
2011.1.17  茶室の屋根の瓦が外される。 
2011.1.18  旧大島邸基金設立  会長:唐津商工会議所の太田善久会頭  顧問:西和夫・神奈川大名誉教授 監事:懇話会会長の馬渡雅敏氏が就任。発起人9名
2011.1.22  唐津市主催で第一回旧大島邸解体(ほどく)工事見学会を開催  参加者約40名
2011.2.5  解体(ほどく)工事中、天井板の裏側に 「明治廿六(二十六)年旧四月十八日建之 棟梁 吉田吉次郎」と書かれた板(長さ193センチ、幅16・3センチ)が見つかった。 と新聞に報じられ話題となった。吉田吉次郎は旧高取邸、唐津尋常小学校の棟梁でもある。
2011.2.11  唐津市主催で第二回旧大島邸解体(ほどく)工事見学会を開催  参加者約30名
棟梁墨書の天井板が公開された。
2011.2.18 旧大島邸の移築や運営費用の一部を市民の手で集めようと発足した「旧大島邸基金市民委員会」の第1回総会が18日、聞かれ、募金活動がスタートした。
2011.3.10 唐津市議会3月定例会

予算等特別委員会 総務教育分科会 審査報告

◎文化的資源を活用した城内まちづくり計画策定費


質問】この事業は、大島邸移築のための策定費なのか。
答弁】街なか観光の一環ということであり、大島邸だけの移築復元の予算ではなく、全体的な城内まちづくりの中で策定したい。
質問】大島邸の解体費が予定以上にかかり、使える部材は3分の1ぐらいと聞くが、それでも移築をするのか。
答弁】解体の業務監修を委託している。懇話会の報告書や解体事業に伴う報告書を検証した上で、移築復元をふまえて場所、時期等も検討する。
質問】城内地区だけの事業なのか。他の地域については。
答弁】観光の柱の一つに、唐の津風景街道を上げている。合併して各地域にある地域資源を磨くことで、唐津を宣伝していくのがねらい。
尚、附帯意見として、財政、市民協働の立場から大島邸の部材保存活用について慎重に審議を重ね、幅広い市民の声を聴き、城内まちづくり全体の構想を大切にして策定し取り扱うことを要望しました


一般質問

楢崎三千夫議員
「文化的資源の考え方について」

質問】 旧大島邸について、合併前の教育委員会の考えは。
部長】平成10年に「文化財及び教育用地」として、教育委員会から土地開発公社に取得依頼。平成11年に土地についてのみ売買契約し、建物については、土地に付随するものとして取得している。その後、平成16年、大志小学校の合併統合に向けた協議の中で、敷地は学校用地とした。
質問】教育委員会は移築と何時決めたのか。
部長】本年1月14日である。
質問】昨年12月答弁の移築を前提は、おかしいのでは。
部長】懇話会の報告書、他の多くの人の意見を聴いて決めた。
質問】解体は済んでいるが、費用と使える部材は。
部長】解体費用については、5380万円である。使える部材は3割程度ではないか。
質問】城内には多くのハコモノがあり、維持費も相当かかっている。旧大島邸を移築すれば、又維持費がかかるのでは。
部長】本市の健全な財政運営を行うことは、私たちの責務であると考える。一方で、本市が魅力ある観光の町として発展し続けるためには、一定の投資も必要と考える。歴史や文化、自然の普遍的な価値のあるものは、後世に残すべきと考える。
質問】考え方は文化財の扱いであるが、唐津市には、国、県、市指定の多くの文化財がある。手持ちの資料では、建物は4件しかない。旧大島邸は文化財に指定しているのか。
部長】文化財には、指定はしていない。

(以上 唐津市議会だより第28号 平成23年5月1日 より)
2011.5.27  文化的資源を活用した城内まちづくり計画策定プロジェクトが立ち上がり第一回目の委員会が開催される。

と き: 2011年5月27日(金)16:00
ところ: 埋門ノ館(唐津市北城内)

※傍聴できます(事前申し込み不要)
※動画配信(ustream)
策定委員会のサイトでご覧頂けます。

ワーキングの旧大島邸にも資料があります。
 2011.6.23  朝日新聞が報じるところによれば、
唐津市の坂井俊之市長は23日の記者会見で、先月発足した市の「城内まちづくり計画策定委員会」に関連して「旧大島邸は城内まちづくりの核のひとつ。これまでの移築保存の方針にぶれはない」と述べた。
 2011.6.27
城内たから探しツアー&ワークショップ
□日時 平成23年6月26日(日)13:00~16:00
□場所 旧唐津銀行
□内容 講話 
    「城内の歴史」山田洋さん
    「城内の記憶」酒井啓自さん
    ほか
 Ustreamでご覧頂けます。
 2011.7.1  
第1回 旧大島邸ワーキング  7/1(月)18:30から埋門ノ館で行う第1回旧大島邸利活用ワーキング
 2011.7.5  
第1回地域資源利活用ワーキング
7月5日(火)の第1回地域資源利活用ワーキング
第1回城内まちづくり委員会 場所:唐津神社彰敬館
 2011.7.8  第2回城内まちづくり計画策定委員会 場所:旧唐津銀行
2011.7.11 
第2回旧大島邸利活用ワーキング
■日時 平成23年7月11日(月)18:30~
■場所 唐津市役所本庁(3階)大会議室
■内容 コンセプト&利活用内容について(アイディア出し)
2011.7.25   第3回旧大島邸利活用ワーキング
・日時 平成23年7月25日(月)18:30~
・場所 唐津市役所本庁(3階)大会議室
・内容 旧大島邸利活用のコンセプトと利活用内容について
2011.8.4   8/4城内JOINT「まち物語の紡ぎ方~つぶやきから城内まちづくりへ~」レポート
■講師  九州大学大学院芸術工学研究院
     教授 藤原 惠洋 先生
■とき  8月4日(木)18時から
     ※ワークショップ&講話は19時から
■ところ 唐津市役所大会議室
     ※18時から約1時間、まちあるきを行います。
   
2011.8.11   第1回地域資源ネットワークワーキング
・と き 8月11日(木)18:30~
・ところ 唐津市役所大会議室
・内 容
 ①城内まちづくり計画におけるグランドデザイン<全体構想>(たたき台)について
 ②旧大島邸利活用コンセプト(たたき台)について
2011.8.18   第3回計画策定委員会
日時 平成23年8月18日(木)15:00~
場所 唐津市役所 大会議室
議題 
(1) 計画の構成について
(2) 計画コンセプトについて
(3) 旧大島邸の利活用コンセプト及び復原場所について
(4) 先導的事業のテーマについて
   
2011.8.29  城内JOINT「歴史的な建築空間がまちを元気にする」~まちづくりの“いま”と“これから”を考える特別講義

■講師  神奈川大学名誉教授 西 和夫 先生
■とき  8月29日(月)18時30分から
■ところ 唐津市民会館 大会議室(4階)
2011.8.30   第4回旧大島邸利活用ワーキング
・日時 8月30日(火)18:30~
・場所 唐津市役所大会議室
□次 第 ① 報 告
・意見交換会、第3回策定委員会の報告
② ミーティング
・基本計画(案)の作成について
・利活用内容と施設の用途
・担い手について(組織、人員、仕組みなど)
③ スケジュール
・9/15頃 基本計画(たたき台)⇒メール会議
・9/26(月) 第4回委員会
・10/上旬 パブリックコメント
・11/中旬 第5回委員会
2011.9.26 
第4回計画策定委員会(Ustream動画配信)
日時 平成23年9月26日(月)15:00~
場所 唐津市役所 大会議室
議題
 計画(案)について 
 (1) 全体構成及びコンセプト「まちはミュージアムの創造」に関すること
 (2) 旧大島邸の復原及び利活用に関すること
 (3) 先導的事業に関すること
 (4) その他
 会議資料はこちら
2011.9.12  唐津市議会 9月定例議会

一般質問

楢崎三千夫議員

実施計画と予算計上について

質問】予算計上までの流れは。
部長】市のマスタープラン及び市長マニフェストを念頭に、財政計画との整合性を図りながら計上している。
質問】実施計画書に無い予算計上は。
部長】企画経営部が事業評価を行い、A事業に評価された緊急性・必要性の高い事業に限り予算要求している。
質問】城内まちづくり計画策定委員会の現況は。
部長】策定委員会3回、他ワーキンググループ、市民イベント、関係団体との交換会など多くの意見を聞き、旧大島邸の移築場所等検討中である。
質問】それらの多くの意見は、移築を決定する前に聞くべきではなかったか。
部長】尤もですが、様々な過程を経て、現在市長部局で対応している。ご理解願いたい。
質問】旧大島邸移築は、実施計画書に無い。市民協働で基金も設立するとの事だったが。
部長】これからは厳しい財政状況の中、市民サービスを全部公共でするのは無理がある。どういう形になるか解らないが、これからのモデル事業にしたい。市民基金の現況については、把握していない。
2011.10.18   第5回旧大島邸利活用ワーキング
(火)18:30~19:40
・場所 唐津市役所議会棟会議室
※コアメンバー、事務局のみの会議でした。
2011.10.21   旧大島邸建築方法の検討会議
(金)13:30~15:30
・場所 唐津市役所第2会議室
※専門家及び事務局のみの会議
2011.11.21   “まちはミュージアム”キックオフ座談会
「これからの、まちづくりシナリオを描く。」


15:00~17:30 会場/旧唐津銀行1F多目的ホール
第1部15:00~15:50 文化的資源を活かした城内まちづくり計画(案)の最終協議
第2部16:00~17:30 “まちはミュージアム”キックオフ座談会

座談会メンバー/文化的資源を活用した城内まちづくり計画策定委員

※事前申込は不要ですので、お気軽にご来場下さい。
お問い合わせ/唐津市役所企画政策課(TEL:72-9115,FAX:72-9180, E-mail:info@k-jounai.com)

 文化的資源を活用した城内まちづくり計画策定プロジェクトでは、パブリックコメントを踏まえ、第5回城内まちづくり計画策定委員会にて「文化的資源を活用した城内まちづくり計画(案)」をとりまとめます。そこで、城内まちづくりのコンセプトとなる「歴史を展き、文化を拓く “まちはミュージアム”の創造」の実現に向けた、専門家と市民の交流による公開型のキックオフ座談会をあわせて開催。歴史と文化に育まれた城内空間を活かし、物語づくり、場づくり、担い手づくりの3つの視点から、これからはじめるまちづくりのシナリオを描きます。
10年後、100年後も市民に愛され自慢できる「市民協働のまちづくりへの第1歩」をともに考え、歩みましょう。
2011.12.12  平成23年第8回唐津市議会定例会一般質問通告一覧によれば、平野潤二議員が旧大島邸の移築保存について、市長・企画経営部長・財務部長に説明を求めるとある。 答弁内容は後日議会便りで確認する。
12月13日佐賀新聞に記事掲載される。
2011.12.28 

*文化的資源を活用した城内まちづくり計画(案)に対し、志政会として意向書を本日、執行部に提出。 
1、施設の機能について(施設の機能の再考を図り建築方法の検討を行なう事)。 
2、有利な財源の活用と事業費の平準化(複数年による事業計画等)。 
3、市民協働と民間活力の導入運営方法の具体的な検討。 
4、唐津市全域における「文化的資源を活用したまちづくり計画」の策定。の4項目。

今回の事が、市全体の文化的資源の再発掘再評価につながればと期待している。会派内で何回も議論を戦わした中で、意向書のとりまとめが出来よかった。役員の方にもご苦労をおかけしました。
(石崎議員のブログより) 

 2011.12.28

唐津市議会議員≪田中秀和≫の独り言より

唐津市議会:文化的資源を活用した城内まちづくり計画(案)に対する意向書提出!

12月28日(水)に、志政会の取りまとめの意向書を市長に対し提出しました。

意向書の内容は、

平成23年12月28日

唐津市長 坂井 俊之 様 

意向書

文化的資源を活用した城内まちづくり計画(案)が策定され、旧大島邸を核とした城内地区のまちづくりに対し、志政会の意見を集約した意向書を提出する。

(提出者)              

  唐津市議会 志政会

熊本 大成       山下 正雄       進藤 健介

古川 保        宮崎 卓        百武 弘之

嶺川 美實       前田 一德       平野 潤二

水上 勝義       田中 秀和       三浦 重德

井本 敏男       石﨑 俊治       笹山 茂成

堤  武彦       中村 健一       古藤 豊志

青木 茂        楢﨑三千夫       馬場 幸年

井上 常憲       山中 真二       大西 康之                         

文化的資源を活用した城内まちづくり計画(案)に対する志政会の意向書

1.施設の機能について

  計画(案)第4章「事業計画-2」(先導的事業・課題事業)が戦略的に議論され、計画がなされたうえで、大島邸の復原に繋げること。

  また、計画(案)第3章「事業計画-1」7の旧大島邸の施設の利活用基本方針において、施設の機能は、①「大島小太郎の起業家精神と近代和風住宅の文化的価値を伝える空間」が最も重要である。

  したがって、基本方針の②「文化を学び、活動を通して交流できる空間」、③「市民交流のまちなか観光の結節点としてサービスを提供できる空間」は、エリアの既存施設で事業展開できるため、ここで位置付けるには、明確な理由が必要である。

  よって施設機能の再考を図り、建築方法の検討を行うこと。

2.有利な財源の活用と事業費の平準化

復原にあたっては、優れた意匠の復原を中心に保存部材を有効に活用しつつも、財政的な観点から効率的な施設整備を考えるべきである。そのような整備手法により大島小太郎の功績を世に残す工夫が必要である。

  整備費用については、有利な財源(特に一般財源負担額の縮減)の活用により、市の実質の負担を軽減するとともに、事業費の平準化の観点からも、整備期間については、複数年による事業計画(例えば、初年度:整備設計、2~3年度:建物整備、3年度~4年度:庭・敷地整備)とするよう要望する。

3.市民協働と民間活力の導入の運営方法の具体的な検討

  復原における建設、その後の維持管理においての手法を再度検討するとともに、具体的な施設の活用内容及び運営方法について早急に検討することを要望する。

4.唐津市全域における「文化的資源を活用したまちづくり計画」の策定

今回、文化的資源を活用した城内まちづくり計画(案)が提示されたが、全市における文化的資源の発掘と、既存施設等の文化的資源としての再評価及び活用の再検討を行い、それを踏まえ唐津市全体の「文化的資源を活用したまちづくり計画(案)」を早急に策定することを強く要望する。この全体計画における城内整備計画の位置付けを明確にしたうえで、事業を進めることを求める。 

 平成24年  唐津市 議会だより 第31号(平成24年2月1日)

12月12~15日に行われた一般質問

平野潤二(志政会)
旧大島邸の移築保存について
質問】旧大島邸移築保存の署名をされた以外の市民の声(反対)をどう理解しているのか。
部長】反対の声があることは理解している。大島小太郎の功績を伝えていきたい。
質問】旧大島邸を5200万円かけて解体したが、使える部材はどのくらいあるのか。
部長】建築基準法に合致するためには2割くらいしか使えない。
質問】2割しか使えない建物を移築保存する意義は何か。
部長】「まちはミュージアム」の観点から保存したい。
質問】市民協働で行うとのことであるが基金はどの位か。
部長】現在150万円が集まっている。
質問】問題がある旧大島邸の移築保存を見直し、廃止か大幅な規模縮小をすべきではないか。
部長】大島小太郎邸を残すことに意義がある。


楢崎三千夫(志政会)
パブリックコメントについて
質問】パブリックコメントの定義とは。
部長】
国の制度であるが多くの自治体が利用している。市民の意見を求め計画に反映させる制度である。期間は概ね1ヵ月で募集している。
質問】
提出された意見の扱いはどうしているのか。
部長】委員会や審議会に付議し、意思決定の参考にする。
質問】
城内まちづくり計画には、市民の関心が高く5名の方から貴重な意見が寄せられている。その内容は。
部長】
河村美術館、NTTビルの活用について、旧大島邸については、数回建物を見学したが、文化・観光的価値は感じなかった。復元については慎重に対応してほしい。新しい材料を使用し事業費を極力少なくしてほしい。復元の考え方、手法の再検討等参考になる意見が多くあった。
質問】
市民協働についての質問も出ていたが。
部長】
厳しい財政状況の中、行政だけで担う事は無理な状況である。新しい公共という概念から、市民協働のモデルになるようにしたい。
質問】
市民ファンドはどうなっているのか。
部長】
現段階で150万円集まったと聞いている。これからの盛り上がりを期待したい。
質問】
「旧大島邸運営準備会」「旧大島邸復元整備検討委員会」等の立ち上げを希望する意見に対しての対応は。
市長】名前は一緒ではないかも知れないが、会の立ち上げを検討したい。旧大島邸の扱いについては、もう少し時間をかけて検討させて頂きたい。
   唐津市 議会だより 第32号(平成24年5月1日)

予算等特別委員会審査報告
総務教育分科会
3月定例会より

旧大島邸部材調査費
質問】どのような調査をするのか。
答弁】平成22年に解体した部材を1万点ほど保管している。その部材を移転・復原する際に、どの程度各部材の活用ができるかなど調査するもの。
質問】どこに調査委託するのか。
答弁】基本的には、専門のコンサルタントを考えている。また文化的な価値という意味で、調査が一方的にならないように進めて行きたい。
 平成25年  唐津市 議会だより 第38号(平成25年8月1日)

6月定例会

常任委員会審査報告
産業経済委員会

◎旧大島邸建物等復原設計費
質問】総事業費の内訳は。
答弁】今年度から平成28年度までの4カ年の計画で設計費に約4千万円、用地取得費に約6億6千万円、建物整備費に約2億4千万円、庭整備費に約1億1千万円、広場・緑地整備費に約3千万円で計画している。
質問】用地取得の経緯及び用地取得費の内訳は。
答弁】平成13年に「南城内歴史文化ふれあい公園 (仮称)事業用地」として唐津市土地開発公社が購入していたもので、当時の取得額約5億9千5百万円。来年度買い戻す場合、14年分の利息が約4千万円と事務委託経費約2千5百万円が加算される。
質問】財源は。
答弁】財源の内訳は、国からの社会資本整備総合交付金約2億9千4百万円と地域の元気臨時交付金約1千4百万円。この二つは現時点の計画で交付される。来年度以降不足分は、合併特例債で3年度分約7億1千4百万円、残りを一般財源で賄う。4年間トータルで約5千2百万円。

 《現地調査》
・旧大島邸部材保管倉庫 (唐津市大島)


一般質問
平野潤二 (清風会)
唐の津風景街道推進ビジョンについて

質問】推進ピジョンの活用は。
部長】地域の宝を情報発信し地域全体を活性化させるもの。
質問】大島邸の復元は多額の経費を要し、その後の活用にも疑問符がつくが。
部長】大島邸は観光の柱として位置づけ、利活用検討委員会で方向性を検討したい。
質問】大島邸は文化財ではなく建物の復元の必要はないが大島小太郎に光を当てるのが目的か。
部長】大島小太郎は新たな観光の柱として活用したい。
質問】ビジョンの中で名護屋城跡と陣跡活用計画は。
部長】観光客周遊の拠点としたい。
質問】名護屋城跡の入込客数と、整備状況は。
部長】名護屋城跡は4万5千人、整備は前田利家、徳川家康陣跡等5か所が整備されている。質問】名護屋城跡を活かした観光戦略は。
部長】黄金の茶室展、薪能など歴史ツーリズムなど全国に発信できる素材がある。
質問】名護屋城を築城したのが黒田官兵衞である。来年のNHK大河ドラマが 「軍師官兵衞」なので唐津市としても活用するべきでないか。
部長】名護屋城を発信できる貴重な機会であるので検討したい。


楢崎三千夫 (清風会)
総会整備計画について
質問】都市再生整備計画の概要は。
市長】「基幹事業」と「提案事業」を掲げることが出き、面積も中心市街地地区と同じ142haとして補助率を5%嵩上げが出来るようになる。
質問】この事業の中心は旧大島邸であるが、取扱いについて以前の方針と大きく方向転換された。市長が方向性を決めたとの答弁があったが、その真意を伺いたい。
市長】いろんな団体、文化的な行事をされている人、大島邸に昔から係ってきた人等、多くの人に接触してきた。私個人で決めた訳ではないが、方向性を変えた責任は私にある。大島小太郎という人物を継承し市民が多く集まる様な施設を、有利な財源が使える期間の中で検討して行きたい。

宮崎千鶴(公明党)
城内まちづくり計画について
質問】旧大島邸の移築保存について、移築場所、財源、市民協働の観点からどのように対応されているのか。
部長】場所は、南城内歴史文化ふれあい公園(仮称)で土地開発公社の土地を購入予定。
職員駐車場については今後協議する。有利な財源を活用。市民の協力に期待している。
平成27年 
 唐津市 議会だより 第48号(平成27年12月1日)

9月議会 一般質問
大西康之(志政会)

旧大島邸利活用について

質問】旧大島邸利活用検討委員会の取りまとめは。
部長】①平成の耐恒寮②和文化の発信拠点③まちづくり観光交流の結節点を方針として進めて行く。
質問】運営検討委員会の委員選定の考え方は。
部長】利活用方針にそって、使用されそうな方、イベントを開催出来る方を選定。まずは、まちづくりという観点から、市民が気楽に立ち寄れる施設へ。次に、人が集まる観光施設へ展開していく。
質問】飲食・物販についての考え方は。
部長】物販については、売店程度は可。飲食店としての営業は不可だが、ケータリングによる利用は可。旧大島邸復元が基本で、旧部材を出来るだけ使う為に利用制限が必要。文化的価値を残すことを優先している。
質問】施設の維持費は。
部長】維持費は他の類似施設を参考に、1500万円程を想定。
質問】南城内駐車場との一体利用の考えは。
部長】交付金などの制限を確認したうえで、一体的に利活用出来る様、考えていく。

唐津焼美術館について
質問】美術館の必要性は。
部長】「唐の津風景街道」ビジョンにおいて、地域活性化における起爆剤の役割もある。また、企画展時の意見でも、常設展示施設を望む声が多く、人的配置を含めた、常設展示施設が必要。「五感で楽しむ唐津焼」をコンセプトとし、まちなかとの循環系も構築出来る。
質問】市長の考えは。
市長】内閣府・文化庁から注目されており、予算措置などについて協議する。唐津焼を、後世に残すものとして必要である。 
平成29年9月30日刊
松浦史談会
末盧国 第211号より
 世界に誇れる文化遺産
 「大島邸を残す会」の市民運動と残された課題


                                   町田 中里紀元


 大島邸の解体から再生へ

 大島邸は記録保存と一部の財は大志小の改築に利用し解体することを平成二十二年三月に唐津市は議会に提案し承認された。この解体の方法では再び原形に近く後日、正確に復元することは不可能であった。ところが、この平成二十九年四月旧大島邸の場所ではないが唐津の同じ城内地区に、ほぼ原形に近い状態で見事に再建された。
 その玄関正面には揚羽蝶の彫り物が高く掲げられていた(信長の陣羽織の背にもある紋で、戦国時代の武将たちが死後、この蝶のように美しい姿になって再生したいと願ったシンボルである。)新生の大島邸は、その揚羽蝶の紋を春の光に白く映えて再生したのである。
 佐賀県は平成六年学術調査で「武士住宅」の面影を残す佐賀県有数の良質の大邸宅と評価され、同じ唐津の高取邸と共に佐賀県でも最高の文化財として文部省へ報告された。
 そこで高取邸は世界炎博有田開催に関連して平成十年、国の重要文化財に指定されることになった。一方「大島邸は文化財の指定がなく管理が行き届かず、床や屋根の一部が崩れ落ち(シロアリ被害)、財政面でも大島邸の保存は困難とし、隣接する大志小の立替え用地として解体の結論が出された。(佐賀、朝日両新聞、二十二年一月十一日)、また市の三月議会で「大島邸が高取邸と違って文化財指定への努力がされなかったことが解体への結論となったのではないか」とか市の文化財審議会では「解体は惜しい」などの意見が出たと市議会では報告されたということである。
(唐津民報、平成二十二年三月二十一日)

 「世界に誇る文化遺産」と「大島邸を残す会」の結成

 この大島邸を解体して記録保存にする市と議会の方針を変更させ、ほぼ大島邸の原形を再建築させ「世界に誇る文化遺産」を守ったのは大島邸と同じ城内地区に住む婦人を中心とした「大島邸を残す会」(代表 辻いく子)であった。
のちに、この会から分れた「大島邸保存会」の市民運動もあった。
 これらの会に協力し尽力していただいた「日本建築史学会」の元会長西和夫、神奈川大学名誉教授をはじめ藤原恵洋九州大大学院教授、伊藤龍一熊本大大学院教授、山田由香里長崎総合化学大学准教授など日本建築史学会で活躍されておられる代表的な大学教授の人々から日本建築史のなかで大島邸の高い水準の文化財であるという学習会を、とくに西先生からは文化財を守る運動をともにしながら、その高度な方法を教え指導していただいた。
 また一級建築士、三原広樹佐大講師は、もっとも早く大島邸を調査され、とくに茶室は「日本が世界に誇るミニマムな空間芸術が、この中に現存し、唐津の財産というより日本に誇れる先人が残した文化の遺産である」と、その具体例をあげながら保存を教えられた。
 「残す会」は学習会を重ね、一方、大島邸の保存と活用への署名に取り組み平成二十一年末、千八百人の署名を、さらに、三ケ月の短期間で三千人の署名を重ね計五千人を越える運動へとなっていった。
 また「学習会」のほか「ひな祭り」「大島邸写真展」「唐津焼展」などの催し物を大島邸で行い、市民をはじめ佐賀、福岡などの人々にも、直接、大島邸を見学してもらうことにした。


 茶道宗徧流と大島鎮子夫人の功績

 唐津藩の茶道は宗徧流で明治の維新期、大島邸茶室は宗學流家元六世の妻宗寿の指導によって作られ、大島家を中心に高取家とともに宗徧流茶道を九州の各地に広め唐津の宗徧は「九州の宗徧」とまで呼ばれた。
 戦前、唐津女学校の茶道教育も宗徧流唐津支部が教師として指導され、小太郎の娘(養女)鎮子は唐津の女性をはじめ多くの人々に大島邸の自邸で長く茶の湯を指導された。
 広大な茶庭、最奥の茶室の広く大きな百日紅(サルスベリ)の横木で止めた大胆豪放な景色のある第一室、宗徧流茶道のシンボル「びわ床」のある第二室、第三室の控の間と、その邸宅を囲む大木のある巨大な森などで茶の湯を習った唐津の婦女子は多く、その人たちから広大な邸宅、巨大な屋敷森の話を聞いた家族や人々は多く大島邸への関心を抱き、時代を越えて親しみを持つ市民が多く、それが最後は旧大島邸の保存と活用を望む署名が七千名にも達した一因であったと考えられる。
 茶道の会では裏千家唐津支部が大島邸保存と活用を願った署名活動に協力していただいた。一人住いになられた鎮子夫人の世話や「末期の水」の世話もされた、裏千家の高柳宗光副支部長との深い絆から、また市の所有管理になって約二十年間、茶の湯の行事を旧大島邸で使用させて頂いた大島邸への恩義から、その保存の署名運動に参加されたということであった。
 平成二十二年三月(残す会、中里紀元)大島邸保存の請願をする。市議会で二十七日不採択となる。


 西和夫教授の指導と尽力

 六月「保存する会」から招かれた西和夫教授は大島邸を視察し、この夜、西教授を囲んで「大島邸を語る会」が開かれ「大島邸は唐津の歴史を知る上にも大切。行政と協力し、市民は一枚岩となって活動しよう」と西教授は語られ「記録保有する、部材の一部は残す、それで十分ではないか、と市は言っているが、それは保存につながらない」と指摘された。
 六月十七日、日本建築史学会、唐津市長、市議会議長、教育長宛保存要望書を提出。西和夫、藤原恵洋教授が副市長に手渡した。
 六月二十五日「保存する会」は市に要求していた住民監査請求を棄却する。唐津まちなか集い館で「残す会」「保存会」外、大島邸を保存し活用することを要望する市民集会を行い、市長へのアピール提出を満場一致で決定。翌二十八日、西、藤原教授など大島邸保存に関する申し入れ書を市へ提出。「保存」に関する会は住民訴訟をしない事を決定、市はやゝ柔軟な対応をとるようになり、大島邸の活用を考える懇話会を設置することを市は決定する。
 そのアドパイザーとして西教授に依頼、八月十九日から四日間、学術調査を実施、その結果、九月十一日、第三回懇話会で移築保護の方向で合意、こうして坂井市長も大島邸再建を英断された。十二月七日解体工事開始、番付打初式、そうして平成二十三年一月二十三日、二月十一日に解体工事の見学会が西教授によって行われた。
 広大な大島邸の屋敷森が切り倒されて海からの寒風が容赦なく吹く中で初老の西教授は、神奈川から遠路を来ていただき今はない日本独特の工法を熱心に解りやすく説明をされる姿に頭の下がる思いがした。一方大島邸の茶室をはじめ、茶庭の右造物は、文化財の指定の対象になるものが多く、市の関係部局の方々が説明会に参加していただくことを期待した。西和夫教授は、この四年後、平成二十七年一月三日お亡くなりになられた。
 十一月二十一日、策定委員会の最終回で移築の方向が出され平成二十六年度までに完成を目指すとの発表があった。
(シンポジューム 「旧大島小太郎邸一二〇周年」、作成西和夫、山田由香里、発行二〇二二年九月参考)

 県内から「残す会」への協力は文化財保存佐賀県協議会(長野暹佐賀大学名誉教授会長)より唐津市長、同教育委員会へ旧大島邸を現地で保存、活用の申し入れが行われ、佐賀市で「大島邸写真展」(松本和夫九州産業大学講師)及び講演会(講師中里紀元)を開催していただいた。旧佐賀藩の茶道も宗徧流でそのためか佐賀から大島邸の茶室見学には団体など、多数の見学者が来唐された。


 「大島邸を残す会」の残された課題

一、大島邸旧地に興義、鎮子の歌碑建立
 城内地区の婦人たちが旧大島邸の現地保存を希望されたのは、五千三百平方メートルの広大な敷地に約三百六十本の大木が切倒され巨大な屋敷森が消されることを防ぐためでもあった。
 唐津の城内地区には東から西へ海沿いに巨大な屋敷森が育てられている。高取邸が台風の被害で何本もの鉄骨柱で支えられているように、台風や強い季節風を防ぐために巨大な屋敷森が育てられてきたのである。
 そこで、大島邸の旧地に大島興義と鎮子の歌碑を建て、広大な屋敷と屋敷森があったことも碑に刻み、これ以上、城内地区の屋敷森が切り倒されないよう訴える碑を建立したい。



 海上雲遠     鎮子

 朝なぎの大わだの原のあかねさし
   とほくわづかに雲のかげ見ゆ



 辞世       興義


写真

二、大島邸のおもてなしの文化財の行方探し
 大島家では、とくに茶の湯の世界で、客へのおもてなしの工夫があった。再建後、そのおもてなしの道具が紛失し行方を探す必要を求められている。

  小豆石の炉壇-1
 茶室の第一室の炉壇である。
日光大谷川流域の石で炉火が入ると黒い斑点が映えて小豆石と呼ばれた。「土の炉壇とは、また異なった炉辺の雰囲気を形成し、独特な茶の湯の空間を醸し出す」といわれている数少ない貴重なものである。


 朝鮮唐津風炉、鎮子(翠松庵)夫人の手づくね(手づくり)-2
 茶会では利休は手作りの竹の茶杓や花入れを作り亭主として客へのもてなしをしたように鎮子夫人も唐津の風炉(朝鮮唐津)の手づくりがあった。茶の湯の風炉は大きな道具で焼物づくりの経験のない鎮子夫人の手助けには中里太郎右衛門家にとっては大変な苦労をされ、盡力されたものと考えられる。そのため中里太郎右衛門家も、大島家の茶の湯の歴史を語る文化財が大島邸に早くもどることを願っている。


 広大な茶庭の石造物の行方-3
 待合から茶室まで大島邸の距離は高取邸の七倍の距離があり、高取邸の茶庭に五つの石燈籠がある、大島邸は九州や他の茶庭には見られない十五基もの石燈寵が置かれていた。それも一つとして同じ形をしていなかった。それは、その土地の由緒のある石燈寵を集めすえて、これも客へのおもてなしであった。その中には唐津藩御用お茶碗窯の石燈籠もあり、市所有になって返却があったが、中里家では変事を感じ旧大島邸へ返却された。その裏手の庭には村講中が神社に寄進した石燈寵も見られる。また日本では数少ない石造三重塔もこの茶庭にあり鹿島の竹崎観音の石造三重塔は県の重要文化財に指定され、東京音羽の椿山荘の二万坪の庭園にも有名な三重塔の石塔も有形文化財に指定されている。しかし旧大島邸茶庭の石塔は文化財としての調査や話題さえない状態である。
 大島邸再建後、待合いの石燈寵、手水のつくばいなど、すべて消えているが、その行方も調べて復元できないものだろうか。大島邸の南邸が先に解体され石燈籠など石造物は高く積まれ放置されていたが、これらの石造物は大島家で依頼し作られたものでなく唐津の由緒ある邸宅や神社や寺院から集められていた文化財だったと考えられる。もし、それを復元し並べていたら、日本でも珍しい野天の石造物記念館が出来ただろう。


あとがき
 大島邸の最後の大掃除のボランティアに参加した。邸内外ともに隅々まで、きれいに掃除が終わって一巡してみた。人影は勿論、家具ひとつない部屋が続き広い敷地内が、さらに広く感じた。
 ただ、仏間の隣室には坂戸や傷んだ畳が積まれ、その上に屏風ものっていた。各部屋に残された家具が、この部屋に運ばれたのであろう。その隅に壷のようなものが目についた。火鉢かとよく見ると朝鮮唐津の風炉であった。
 大島家の古文書の中に小太郎の子鎮子の敬日庵での茶会覚がある。それに記された鎮子の手づくりの朝鮮唐津の風炉であった。
 お茶碗窯で鎮子夫人が「手づくり」を焼いてもらった朝鮮唐津の風炉であろう。お茶碗窯の最後の御用陶工師十一代中里天佑と大島小太郎との交流があったと、少年時代に聞いた事があった。見捨てられたように破れた座布の陰にあった朝鮮唐津が私に見つけられたのも縁があったと思い市の文化課へ連絡して保管してもらうようお願いをした。
   二〇一三年九月五日
       風の立つ日


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