唐津神社社報より唐津神祭に関わる記事を抜粋してネット化致します。 |
唐津神社社報 第36号 昭和53年10月1日発行 |
発行人 戸川 健太郎
編集人 戸川 省吾
印刷所 (有)サゝキ高綱堂 |
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唐津くんち
十月九日午後七時
◎初供日祭、曳山囃奉納
十月二十九日午前九時
◎神輿飾儀 総行司刀町、米屋町
十月二十九日午前十一時
◎本殿祭
十一月二日午後九時
◎宵宮、各曳山万灯を付け杜頭曳込
総行司一の宮刀町
総行司二の宮米屋町
十一月三日午前五時
◎神田獅子舞奉納
十一月三日午前九時三十分
◎御神幸発輿(煙合図)市内一巡
正午西ノ浜御旅所祭
各町曳山勢揃
午後三時御旅所発輿遷御
十一月四日
◎翌日祭午前十時三十分
各町曳山市内巡行
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曳山二台が出場
大石町、米屋町が東京へ
日商百周年記念大会へ
日本商工会議所が創立百周年を記念して開く、「全国郷土祭」に参加が要請され、来る十月十五日の日本橋京橋まつりと十月二十二日の国立競技場に於ける「全国郷土祭」に出場が決った。
日本橋、京橋まつり
東京都の日本橋京橋祭り実行委員会が主催してまつりが開催されるがこれに唐津曳山の二台参加するもので、十月十五日日本橋三越前より京橋までの約二キロの都大路を他の出しものと一緒に三つ囃子も賑々しく曳き廻るものでその盛況が予想される。
全国郷土祭
この催は、日本商工会議所が制度百年記念として行われるもので、十月二十二日国立競技場に於て開催される。
この日会場には、天皇、皇后両陛下を始めて皇族、閣僚、外国大使等朝野の名士と八万人の大観衆の中を大石町と米屋町の曳山が左右のゲートから四百米の順路を交亘に曳き廻して高覧に供するものである。
このため曳山取締会は万全を期してその準備に追われている。
輸送は松浦通運の手で運搬され、各町の曳子等百余名は十月十三日と二十日に上京して曳山行事に参加する。
曳山は過去六回他所へ出動しているが今回のものが最も規模が大きく、東京の真中での出演でもあり一同張切ってその準備に大わらわである。
平田常治総代帰幽
唐津神社筆頭総代平田常治氏は去る六月十日八十才を以って帰幽されました。
氏は昭和十年頃米屋町より氏子総代に選出され、よく宮司を助け神社の運営発展に実に四十余年の永きに亘って奉仕されました。
その間一千二百年祭、神饌所御屋根替、一千二百二十年祭等に参画、昭和五十一年には筆頭総代に就任、又曳山関係では、終始本部役員として、格納庫建設や曳山展示場建設等に参画して総取締に就任して曳山の保存と神祭行事の繁栄とに力を尽されました。
社頭に毎朝平田さんの顔の見えぬ日はなく、社頭の拡声器や又供日の行列の神宝の社名旗や弓矢等を奉納されたことなどはその篤い信仰心のあらわれでした。
又、一方曳山囃子では太鼓の名手でもあり、ことある毎に出演してその妙技を披露されたのは有名でした。
最後のお別れに際しては御霊前に宮司が弔辞を捧げ囃子委員の人々が山囃子を静かにかなでて御冥福をお祈りしました。
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