「鯱」塗り替え完成
   色鮮やかに市民に披露

 唐津曳山の十三番山「鯱」の総塗り替えがこのほど終わり、十六日唐津神社で神事を行い、製作町の水主町まで引き歩いて市民に披露、にぎやかなくんちばやしと「エンヤ、エンヤ」の掛け声を響かせた。
 「鯱」は明治九年製作、その後、昭和三年に山笠が大き過ぎると、一回り小型の現在のものに作り替えられた。その後昭和四十一年に総塗り替えを行って以来、二十二年ぶりの総塗り替えを福岡県八女市の仏具店で行っていた。総費用は約由七百万円。
 この日は午前八時から唐津神社の神前で工事落成報告と無事故祈願があり、田中冨三郎実行委員長、高田照男曳山本部取締、田中次男水組組長ら水主町の曳山関係者らが玉串を捧げた。
 午前十時「鯱」はそろいの法被姿の曳子たちに引かれて神社前を出発、威勢のいい太鼓、鉦(かね)、笛の曳山ばやしで水主町へ向かった。塗り替えたばかりの朱のうるしと金ぱくが秋の日に輝き、道筋の市民らもうっとりと見上げ、近づく十一月二、三、四日のくんち本番に胸を躍らせていた。

 また正午から唐津商工会館五階ホールで開かれた祝賀会には保利耕輔衆議院議員、野副豊市長、村山健吾市議会議長ら来賓と田中富三郎水主町町内会長、松永義夫駐在員、高田照男曳山本部取締、田中次男水主町正取締、鍵山征樹水主町副総取締ら町関係者、瀬戸利一総取締以下曳山関係者が出席した。
 田中町内会長が「曳山は唐津の宝として、かけがえのない宝。昨年秋も、鯱は大坂の御堂筋パレードに参加して大観衆の前で披露されました。若い人たちは大事にこれからも保存への努力を続けてほしい。私も八十歳を越したので相談役を辞し、元老として曳山を見守っています」とあいさつした。
 高田曳山本部取締の経過報告のあと、保利代議士が、「みごとに鯱の修復総塗替が出来上がり、心からお祝いを申し上げます。この宝物が一段と輝きを増して秋のくんちに光を添えることをお喜び致します。天皇陛下のご病気で、各地の祭事が自粛ムードとなっています。幸いにしてご容体も安定されていますので、一度も欠かしたことのない唐津くんちの実施には大賛成です。瀬戸総取締が出席されていますが心から敬意を表し感謝致します」また野副唐津市長も祝辞を述べた。
 花祐会主宰、花柳三祐?師匠の「菊の栄え」の祝舞いが披露され、戸川省吾唐タウ神社宮司、八島弘直天満神社宮司、石倉博市教育長、久保厚仁県議会議員らの鏡割があり村山議長の乾杯の音頭で祝宴に入った。


 
 

昭和63年10月17日 唐津新聞